2012年9月アーカイブ


季節としては、秋の真ん中にあたり、
昼と夜の長さがほぼ同じになるとき。

今年は長く厳しかったかった残暑から、
ようやく秋らしさを感じられるようになってきましたね。

これからの季節は空気が乾燥してくるために、
体のなかでの水分代謝に注意が必要となります。

とくに夏場に冷たい水分を摂り過ぎていたら、
浮腫みやすくなっています。

きちんと入浴して、
体を温かくして水の循環を良くし、
毛穴のお掃除をしていくことで、
胃腸の働きが活性化してくれます。

「食欲の秋」に向かいますが、
食べすぎには注意しましょうね。


 

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朝夕の風が涼しく感じられるようになりました。

野の草花につく露が白く濁って見えるという季節です。

夏の陽の気に、秋の陰の気が入り込むとそう見えると、
東洋医学では考えられています。


私たちの体についている水分も同じこと。

汗は、きちんと拭き取りましょう。


冷えは禁物です。


また、首のおおきく開いた、ゆったりとしたシャツや、
半ズボンは、そろそろ今年のお役目は終了です。

季節先取りファッションが健康の鍵ですね。

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「安全」と「安心」ということについて、少し考えてみたいと思います。


「食の安全・安心」というように、「安全」と「安心」は同列で論ぜられることもありますが、
意味合いとしては、本質的に異なるようです。


昨年、東北大震災による未曾有の大惨事が起こりました。
そして、福島第一原子力発電所の制御不能という事態に陥ったことは記憶に新しいことでしょう。

このとき、「安全神話の崩壊」という言葉を誰もが耳にしたことと思います。

「もはや(原発は)安全ではなくなった」とは言われても、
「(私たちは)安心できなくなった」とは言われなかったのです。

僕は「あれ?」と思って注意していましたが、
誰からも「安心」という言葉は聞かれませんでした。


なぜでしょう?

これは僕の私見に過ぎませんが、
原子力発電というシステムそのものが「安心」できるものではないのではないか。

原発という存在そのものが「安心」できるものではない。
そういうことを、誰もが感じていたのではないでしょうか。


いずれにしても、
「安全」と「安心」は同列のものではなかった。

 

どれほど「安全です」と言われても、

「安心」のできないことがあります。

 

では、どう違うのか。

「安全」はハード、「安心」はソフト。

「安全」はシステム、「安心」は人。

「安全」は理屈、「安心」は感情。


「安全」は目に見えるもの、「安心」は目には見えないもの。

わかりやすく言えば、
「安全」は数値化できるけれども、「安心」は数値化はできない。


もう少し突き詰めた例えとしては、
「安全」は急性毒から、「安心」は慢性毒から。


「安全」は、人から伝えられるもの。
「安心」は、自分がなるもの。


そういった違いがあるように思います。

 

これから、問われるようになるでしょう。


それは、原子力発電に限ったことではありません。

 

「安全」か、「安心」か、
あなたは、どちらを求めますか?


自分の感情に素直になること。

それは、判断力を磨くことにつながります。

自分を守れるのは、自分の直感なのかも知れませんね。


 

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