どんよりとした曇り空。
今にも雨が降り出しそうだ。
僕は今朝も鍼療所の前を掃いている。
雨がすべてを洗い流してくれるなんて言うが、真実ではない。
雨が降ろうが、槍が降ろうが、
きれいなところはきれいし、
汚いところは汚いのだ。
ところで・・・
最近は姿を見せてくれていない。
喋る犬、伝次郎。
そういえば、まったく素性が知れない。
どこに住んでいるのか、
どんなものを食べるのか、
どうすれば会えるのか。
本当に犬なのか、
だとしたら、種類は?
柴犬?
白いから紀州犬かな?
それとも・・・
いったい、どこへ行きよったんや~
「ここにおるがな!」
わっ! いつの間に?
「なんや、来たらあかんかったんか?」
いや、そんなことないです。
最近、顔を見なかったんで、
どないしてはったんかな、と。
「えらいこっちゃったで~。
ほんまに、あんなん久しぶりや。
もう、ピーピーで立たれへん」
えっ、もしかして?
「そのもしかしてやがな。
犬でもなるねんな~。
こないだな、知り合いが持ってきてくれてん。
ごっついハンバーグ弁当をな。
たぶん、どこぞの売れ残りを拾ってきたんやろうけど」
コイツ、ただの野良犬やん。
腐ってただけと違うんかいな。
「自分、いま、野良犬って言うた?
神聖なるワシのことを、野良犬って言うた?」
ちゃうんですか?
「ちゃうねん!
ワシらの中にも、一応グレードみたいなんがあってな、
食べ物を集めてくるやつと、
情報を集めてくるやつと、
それを仕切るやつがおるねん」
だから、そういうのを野良犬って言うんと・・・
「ちがうっちゅうねん!
まぁ、ええわ。どうせ言うても分からんやろ」
ほんなら、それほどまでにレベルの高いお方が、
なぜに腐った弁当みたいなもんをお召し上がりになられたと?
「そこやがな」
そこやがな?
「だまされたわ。
ほんまにビックリするで。
なんやねんっ!
あの溢れてくる美味そうな匂い...。
おまけに艶やかな色...。
めちゃめちゃそそられたがな」
だからがっついたと?
「ところがや、
食べてしばらくしてから、
腹がな、グルグルーいうて・・・」
その先は喋らんでいいです。
「近頃の人間どもは、見掛けに騙されると思ってたけど、
ワシまで騙されるとは思わなんだわ、ほんま」
なるほどね。
「そやけどな、やっぱり腹はちゃんと反応しよる。
腹は素直や」
そやから、腹を割って話する、とかいうんですかね?
「自分、今日もなかなか良いセンスしてる。
そういうこっちゃ。
だから、腹は、いらんもん食べても、
これは具合悪いと感じたら、
すぐに出そうと働いてくれる」
そういうことなんですね。
「きっと自分みたいなやつよりも、腸のほうがかしこいな」
はぁ、チョウでちゅか~
「自分、噛んだろか!!」
そう言って、一瞬だけ歯を剥き出しにしたけど、
そのまま走り去っていった。
いま、『しばいたろか』って言わなかったけど、
やっぱり柴犬じゃないのかな。
関係ないか・・・。