2013年4月アーカイブ


その日は少し、朝から曇っていた。

僕は、自分の治療院前に転がっている空き缶を拾いあげた。
缶ビールの空き缶が2本、落ちていたのだ。

はぁっ。

ため息が出た。
自分でもなぜだかよくわからないけど。

ビールって大人の飲み物やのに、
飲んだ後に缶々も片付けられへんなんて、子どもやん。
ええ大人のやることとちゃうよな~。

そんなことをつぶやいたように思う。


「朝からうっとおしい顔してんな、自分」

出たっ!

伝次郎だ。


顔は親のせいや、ほっといてくれ。


「ほんで、何をブツブツ言うてたんや?」

あぁ、ええ大人って何かな~、と思ってね。


伝次郎を前にすると、素直に答えてしまう自分がいる。


「ええ大人、ってか?
顔に似合わず、哲学的な質問しよるな」

いちいちムカつく奴、
いや犬だ。


昨日もね、患者さんに尋ねられたんです。
その人、来月で引っ越ししはるんですけどね、
引っ越し先での、ええ先生を紹介してもらえませんか、って。


「なるほど、ええ先生、か。」

ええとか、悪いとか、何をもって判断したらええんでしょね?

「よし! ほんなら、例えばの話やで。
自分が何かを買うときの、セールスマンで、ええセールスってどんなん?」

ええセールスか...。
一生懸命な人とか。

「ほかには?」

自分が売ってる商品を心から信じてる、とか。

「それは、なんでわかるのん?」

ときどき尋ねてみるようにしてるんです。
自分でも使ってはりますか? って。

「ふんふん、なるほど。
それで、ええセールスマンは?」

もちろんです! って即答しよります。

「そやろな。
ほな、そうでないセールスは?」

個人的な質問は答えんように会社から言われてる、とか、
なんか誤魔化しよるような気がするんです。


「それやがな!」

はぁ?

「それや。自分、もう答えは見つかってるがな」

え?
どういうこと?


「自分で言うてるやないか。
まず、第一に誤魔化しがない、正直であること。
次に、自分の売ってるもの、やってることに自信があること」

そうですね。

ということは、引っ越し先で同じような質問をしてもらえばええと。
例えば、先生はご自身が病気になられたらどうしますか?と、尋ねてみたらどうですか、とか。


「そういうことやな。
自分、なかなかやるやん。
その通りやん」


初めて伝次郎から、真正面から褒められた気がする。


「ところで、それってどういうことかわかるか?
自分、さっき、なんやらぶつぶつ言うてたやろ。
大人がどうとか。
あれ、どういうことか、言うてみ」

あぁ、空き缶のことか。
いや、ビールなんて大人の飲み物でしょ。
どんな人が飲んで捨てていったか知らんけど、
その人でも、家では子どもさんがいてはるやろうし、
仕事してて部下でも抱えてはったら、
その人らには『片付けろ』って言うんやろな、と思って。

「なんで、そんなんわかるのん?」

ビールの缶には、戎さんが座ってはったんで、
そんなん飲むのん、社会的にはそれなりの立場の人のはずやから。

「自分、凄まじい洞察力やがな」

それくらい、わかるでしょ。

「ほんで、つまり?」

まぁ、つまりは言うてることと、やってることが違うやろ、って。

「自分、恐ろしいな。
恐ろしいくらいに、その通りやん。
答え、知ってるやん」

そう、ですか。


「結局、ほんまの答えなんていうのは、
自分のなかに持ってるもんかも知れんなぁ~」


そう言い残して、伝次郎は走り去ってしまった。

ビューンと風の音が聞こえたような気がした。

 

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春の心地よい天気の朝だった。

前日からの強い風のせいで桜の花びらが散ってきていて、道路を埋め尽くすほど。
さくら道と呼ぶにふさわしいほど、道路がピンクだった。

桜の道と書いて、桜道(おうどう)か、これぞ王道やな~

僕は、そんなことをつぶやきながら、自分の治療院の前の道路をほうきで掃いていた。
僕の名は圭、開業鍼灸師である。

体の不調を訴えてわざわざ遠方からも患者さんが来てくれるのに、
うちの治療院の前で桜の花びらで滑って転んでケガをして、
痛いところが増えて帰られるようなことになってはシャレにならない。

 

「おい、もっとちゃんと掃きなよ」

えっ?
驚いてキョロキョロしたけど、誰もいない。

気のせいか...


横道(よこみち)にそれて、それもまた横道(おうどう)なんちって~

「自分、なかなか面白いな」

ええぇっ?

目の前で、真っ白な犬がこちらを向いている。


携帯電話のCMでも見過ぎたか?
まさか、犬が喋るだなんて...

「その、まさかや」

はぁ?

「自分、犬は喋らないもんやと思ってるやろ? 思い込んでるやろ?
その思い込みを外せや」

はい。
でも、あの...

「ええから、まずは思い込みを外すことや。
犬の中にも言葉を喋るやつがおるということを、
いま目の前で起っている事実を、
まずは素直に受け止めることや」

はい、わかりました。
それで...

「ワシの名は、伝次郎。
自分に、大切なことを伝えにきたんや。
ほんで、自分はそれを次の人に伝えていくんや。
それが自分の役割や。
わかったか?」

はぁ、僕の、役割...。

でも、なんで?

「理由なんか、あらへん」

ムッとした僕と、伝次郎は、そのまましばらく見つめ合っていた。

「そやな~」

「あえて理由を挙げるとすれば、ここの治療院。
自分の名前が圭やから、圭鍼灸院って、驚くほど単純やろ。
そやから、まぁ、素直に耳を貸しそうやん」

そういうものなのか...。

「それと、なんやかんや言うたかて、
自分とこの患者さんのために、朝も早うから、
こうやって掃除してる。
そんなんするやつに、まぁ、悪いやつはおらんやろ。
そういうこっちゃ」


けなされたのか、褒められたのか、なんだかよくわからなかったけど、
こうして僕は、犬の伝次郎と、出逢った。


そのときはまだ、伝次郎から教えられるのがどれほど大切なことかも知らなければ、
後に、伝次郎から教えられたことを、人前で話す日がくることなど、
想像もしていなかった。

 

 

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先日、「61分で元気になる話」というテーマで講演をさせていただきました。


そのなかでもお話したことですが、
「61分」の「1分」って、気になりますか?


では、仮に「59分で...」というテーマだったとしたら、
その「1分」の差に、果たしてそこまで気になるでしょうか?

実は、ここに大きな心理が隠されているのですね。


論点をわかりやすくするために、
別の角度から、例え話でご説明します。


かつて、厚生省(厚生労働省)がしつこいくらいに繰り返していた、
「1日に30品目食べましょう」というキャンペーン。

一生懸命に「30品目」に取り組んだという経験のある人もいるかも知れませんね。


その、一生懸命に取り組んでいた、ある人の話です。


毎日、きちんと品目数を数えながら食事をしていました。
ある日の夜、休もうとベッドに入ってから、その日の品目数を数えていきました。

... 28品目。

もう一度、数えなおしてみても、やはり、28品目。

やがて、不安になってきます。

2品目の不足によって、いつか体調を崩すのではないか?

そうなると、休んでなんかいられません。
仕方なく起きだして、キッチンへと行きます。

そして、食パンにバターを塗って、
スライスチーズとハムを乗っけて食べました。

その数、4品目になります。
プラス・マイナスで2品目の差。

つまり、28では不安で仕方なかったのが、
32になると安心できる。


それくらい「不足」ということに対しては恐怖心を植えつけられてしまっているのです。

まずは、そこから自分自身を解放することが、健康づくりの第一歩になります。


何も、不足なんてものはありません。

ちゃんと自然治癒力というものが備わっています。


「不足」と言いつづけることは、
自分自身の自然治癒力や免疫力に対して、失礼な態度ともいえますね。


ちなみに、先ほどのようなケースでは、その後どうなったでしょう?

食べ過ぎた結果、糖尿病に近づいていくのです。

事実として、厚生省が「30品目キャンペーン」をやってから、
日本における糖尿病人口は約2倍に増えました。


そして、厚生労働省は「30品目キャンペーン」を言わなくなったのです。


健康を追い求めて、真面目に取り組んだ人ほど、不健康になったのです。

これが事実です。

そうやって、他人さんのつくった数値基準に自分を合わせていっても、
損をするのは自分。

痛い目に遭うのも、自分。

しんどい目に遭うのも、自分。

ならば、もっと自分の感覚を優先させても良いのではないでしょうか。

「いいかげん」は、「良い加減」。


そないにきっちりせんかっても、ええんやないですか?


「...しなければいけない」と思い込まされていた自分と向き合うための、

「1分」ですね。

 

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自然療法で学ぶ、お手当ては、
日本に古くから伝わる「おばあちゃんの知恵」。

おばあちゃんや、そのもっと前の代から受け継いできたものなので、
いわば実証済みの伝統医学とも言えます。

手当て法の多くのものは特徴として、
・誰にでもできる
・身近にあるものでできる
・口に入るものを使うので安心
・自然のもの、自然の状態に近いものである
・効果がマイルドで、副作用の心配がない
などが挙げられます。

現代のクスリといわれるものは、確かに効果は強く劇的に効きますが、
用法・用量を間違えると効果がないだけでなく、
副作用・副反応で大変なことになる場合もあるのです。


たとえば、どこかが痛いとすると、
薬局で市販されているものか、病院でもらった湿布薬を使う人が多いことでしょう。

これらの湿布薬すべてにいえることとして、かゆみやかぶれを起こす原因になりますね。

さらに、「胃が弱いから痛み止めのクスリは飲まない」と言いながら、
「ロキ○ニン・テープ」などの消炎鎮痛成分のある湿布薬を貼っている人がいますが、
胃の痛みは、クスリが胃を刺激するからだけでなく、
血液中の酵素を合成するホルモンの濃度によるものなので
実は、テープからでも胃痛は起こり得るのです。
吐き気や食欲不振も起こします。

もっと強い抗炎症剤やステロイド薬まで登場することがありますね。
これらの副作用は、推して知るべしです。

 

痛い部位が冷たいときは、温めれば痛みは減少します。

市販の「温感湿布」には温める作用はないので、効果はありません。
効いた気がするだけですね。

冷たいのであれば、物理的に温める必要があります。

温めるのに用いるのが「コンニャク湿布」。
普通のコンニャクを茹でて、タオルでくるんで当てておくだけです。

 

痛い部位が熱を持っているときは、冷やします。

「冷感湿布」では、ヒヤッと冷えたように感じるし、実際に冷やしますが、
表面だけです。

「冷え○○」「熱○○シート」などの冷却ジェルシートは、
冷えたように感じるだけであって、実際に熱を取り去るほどの効果は微妙なところ。

キャベツ一枚、敷いておくほうが確実に冷えてくれます。

内熱の強いときには、「里芋湿布」を使います。
里芋を摩り下ろして湿布代わりにするのです。
内側の熱や水分、悪いものを吸い出してくれる力は、ほんまに強いです。

 

これらのお手当ては、
上記のように、一部のクスリに比べれば効果は弱いし万能ではないので、
不安なときは、きちんと病院を受診してください。


お手当てとは、温かい心でさせていただくもの。

いざというときにその気持ちでいられるためにも、
きちんと学んで、実習しておくに越したことはないのですね。

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お手当てとは「傷の手当て」というように傷口に処置したり、
病気やケガの治療をすることを言います。


純粋に、手を当てるだけのこともあり、

苦しいときに背中をさすってもらって落ち着いた、
というような経験のある人もいるでしょうし、

子どもがケガをしたときにやる、
「痛いの痛いの、飛んでいけー」なんてのも、お手当てです。

お手当てが、心から心配して取った行動であれば、
本当は、そのやり方なんてそれほど重要でないのかも知れません。


かつて、マザー・テレサは、
「物質的な貧しさだけでなく、その精神的な傷口にも、
私たちは手当てをしてあげねばなりません」
と言われたそうです。

やはり大切なのは、気持ちなのですね。


自然療法では、クスリに頼らずに自分でできるお手当てを学びますが、
まずは心地の良い、温かくて柔らかい手でいることが重要です。


そして基本は、
熱を持っていれば、冷やすこと。
冷えていれば、温めること。

どちらかわからないときは、両方やってみて、
心地よいと感じたほうが、正解です。

多くの場合は、温めることになりますね。


鍼療室でも、治療後に早く良くなってもらうために、
ご本人やご家族が自宅でできるお手当てとして、
コンニャク湿布や温熱療法をお伝えすることが多いのですが、

ときどき、数日後に診ても、まったく良くなっていなかったり、
むしろ悪くなっていることもあります。

尋ねてみても「ちゃんと温めた」と言われるのですが、
よくよく聞いてみると、「ちゃんと」は温めてはおられない。

「薬局で買った温湿布を、ずっと貼っててんけど~」


これは、本当に多いです。

めちゃめちゃ多いです。

なので、ここにも書いておきます。


ほとんどの市販の『温湿布』は、温めてはくれません。
商品説明をよく読んでみると、「温感湿布」となっています。
湿布薬の表面に、温かく感じる薬効成分のあるものを塗ってあることで、
温かく感じるようになっているだけ。

実際には、冷やします。


温める必要のあるときは、物理的に温めること。

熱湯で絞ったタオルでも当てておくほうが、
「温感湿布」よりも、はるかに経過はいいです。
これは間違いない。

使い捨てカイロを使う人もいますが、
これも患部を温めるという意味では、弱いですね。
あんまり効果はありません。


少し厳しい言い方をしますが、
温熱療法をやらずに、
市販の湿布薬やカイロを使おうとする人の多くの理由は、
「面倒くさいから」に行き着いてしまいます、残念ながら...。

それは、決して温かい感情とは言えないですね。

だから冷えてしまうのです。

 

温かい気持ちのお手当ては、お手当てをされる側の人だけでなく
させていただく側の人も、温かくしてくれます。


その温かい気持ちを忘れずにいたいですね。

 

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4月20日(土)は、都合により休鍼とさせていただきます。

なお、例年、4月後半からゴールデンウィーク直前までは混み合ってしまいます。

今月も、すでに26日(金)、27日(土)は残り数名ずつの空き状況となっております。

ご予約はお早めにいただけると有難いです。


 

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清明

(4/5~)

 

清浄明潔と呼ぶにふさわしい、春の嵐の後の晴れ渡った空が続き、
万物がすがすがしく、明るく清らかで澄んだ氣が溢れてきます。

春は、草木が芽吹き、生物が生まれる季節。
野草・山菜など上へ上へと伸びていく方向性が特徴で、
こうした目には見えない「氣」の影響を私たちも受けやすいのです。

「上氣」といって、上機嫌で楽しく活動できる季節なのですが、
これも度が過ぎると、頭に血が上ったり「血が騒ぐ」というように、
やたらとイライラしやすくなります。

また、春には入学・進級、入社・異動などといった環境が変わることが多いので、
さらにストレスを受けやすい時期でもあります。

養生のためには「発散」がポイント。

朝はできるだけ早起きをして春の陽気を受けながら、
軽く体を動かして、氣を巡らせることが大切です。

心も体も伸び伸びとさせて、
自分の内側にある力を引き出すように心がけるといいでしょう。

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