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マクロビオティック・ライフの最近のブログ記事


大阪北部を中心とした地震、そして西日本の大雨災害において、
被害を受けられた方々に、心よりお見舞い申し上げます。

一日も早い回復を、お祈り申し上げます。

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養生の基本といえば、
「食」「息」「動」「想」の4つ。

とくに「食」については大切なものですが、
それはこれらの4つのなかでも
自分が意識することで取り入れやすいからといえるでしょう。

逆に言えば「食」以外のことについては、
無意識にしてしまっているのもあるということ。

そして、基本の4つすべてのバランスが必要なので、
何か一つができたところで万全とは言えません。

むしろ、日頃は意識していないことにこそ、
きちんと意識を向け、
実際に行動するということが大切ですね。


禅では
「調身・調息・調心」
といって、
姿勢を正し、呼吸を整えることで、
精神を落ち着かせることができるとしています。

それは、姿勢や呼吸という無意識のうちにやっていることに
きちんと意識を向けることを重視しているから。


何も特別なことをやる必要はありません。

体を真っ直ぐに、重心を意識して、
深呼吸ができればいいのです。

椅子に腰掛けたままでもできますし、
少し慣れれば「立禅」といって立ったままで
電車に揺られているようなときにもできるようになります。


深呼吸では、とくに吐くことを意識することがポイント。

秒数をカウントしながら、
吐く時間は吸う時間の2倍以上かけて行うこと。

はじめのうちは

「8秒で吐いて・4秒で吸って・3秒止める」。


そしてまた8秒かけて吐いていくことを繰り返し、
1分間に4回のリズムで2分間。

目を閉じて、ただ息をしている自分を感じてみることです。


少しずつ吐く時間を延ばしていき、

「15秒で吐いて・3秒で吸って・2秒止める」という、

1分間に3回のリズムでできるようになると、呼吸の達人。


呼吸のトラブルでは、
例えば緊張状態にパニックを起こす「過呼吸(過換気)症候群」などは、
吸うことに意識が集中するあまり吐くことができなくなること。


健康のトラブルには、
「入れる」ことばかりに意識を向けすぎて
「出す」ことができずに起こることも多い。


これからの季節に注意したい熱中症は
汗を出せなくなって起こることですし、
他にも慢性の便秘のように
出せなくなることが続いて不調の原因となります。


こうした体調が続けば、
感情も出せなくなりストレスを溜め込んだり、
より大きな病気の原因にもなりかねません。


このように出せないことに対して無自覚でいることは、
より大きな問題を抱えてしまうこともあるということ。


災害に遭遇したり、
身近な人が病んだときなど、
感情を出さずに、溜め込んでしまうのも同じことが言えます。

我慢してないで、吐き出すことも大切なこと。


姿勢を整えて、深呼吸をする。

無意識のなかに意識を向けて
出すことをやってみるというのは、
効果が期待できてシンプルな方法。


「息」とは「生きる」こと。


安定した「心」の上にこそ、
「自ら」が存在できるのです。


一日に数分だけでも、自分を見つめてみましょう。


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食事の量についての相談を受けることがあります。

基本的には、
よく噛んで食べていて、
食後に胃がもたれるようなこともなく、
すぐに動けるくらいであれば、
さほど量そのものは問題ではないでしょう。

 
食べ過ぎではと悩むよりも、
むしろ食べられることは元気な証拠と
喜んで受け止めていいと思います。


マクロビオティックの創始者・桜沢如一は
自己診断の基準として

「健康の七大条件」

を挙げておられます。

この2つ目の条件には

「ご飯がおいしい」

とあります。

(『ゼン・マクロビオティック』桜沢如一・著、参照)



欲望の存在そのものは
否定してはおられません。

欲望があるというのは健康な状態。
決して悪いことではないのです。


ただし、どこまでもその欲望の向くままにいくのでなく、
理性によって制御する必要もあります。


クルマに例えてみれば、
欲望はアクセル、
理性はブレーキ。

アクセルだけでは
いつかどこかにぶつかってしまって動けなくなるでしょうし、
ブレーキだけでは動けません。

自分の思うように動き、止まるためにはどちらもが必要なのです。


もしも「食べ過ぎ」を心配するのであれば、
食欲そのものについて悩むのではなく、
食べるという行為について、自らの意志でもって
「食べない」という選択をできるかどうかが問題なのです。


「腹八分目に医者いらず」のごとく、
八分目で箸を置くことができるかどうか。

もしくは、一食や二食抜いてみることができるかどうか。


それができずに食欲のままに食べ続けてしまうと、
やがては病気になったりして
「食べられない」という不健康な状態になってしまいます。


動ける状態のときに「動かない」という選択肢を持たず、
闇雲に動き続けていたら、
どこかのタイミングで「動けない」状態になってしまう。

強制的にストップをかけられてしまうということ。


自分の身体の声を聴く。


一流と呼ばれる人たちは、
この辺でやめておこう、という一線を持っています。

動けなくなるまでやる人というのは、
三流で止まってしまうものです。

痛みを感じていても、
そのうちによくなるだろう、と、
身体の声を無視してしまう。

成長が見込めなくなるのも止む無しかとも思います。


まず「正しい」の意味を知ること。


「正」という字は
「一」に「止まる」と書きます。


自由に動いていくなかで
「ここら辺りのラインで止まろう」
と自分をコントロールしていくことが学びになるのです。


止まるところの「一」という線は、
その人によって、
またそのときどきの体調によっても
変わってくるものです。

人から「ここだよ」と教えられるものでもなければ、
人と比較するものでもありません。


自分自身に問いかけ、
ときには迷いながらも動いていくのが
生きているということなのでしょう。


なんでもが平均化・標準化されていくなかで、
そこに合わせる必要はないのかも知れません。
自分なりの程度というものがあります。


正しい食事も、
正しい運動も、
同じことですね。


自分自身にとっての欲望の整理術、
持ちたいものですね。


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関西地方も梅雨入りしましたね。

食中毒に関連した話を、もうひとつ。
 

話は明治時代にまで遡ります。
 

食養の始祖である、石塚左玄は、
軍医として陸軍の連隊に派遣されたたことがあります。

ここの部隊ではコレラが流行してしまい、
戦闘によるケガではなく、
コレラでの死者を多数出していました。

これに対し、左玄は、
食事の時には水分摂取を控えるよう指導していきます。

そして、その後そこからは死者を出すことなく部隊を救っています。
 

現代人の基礎体力は
昔の人と比べれば劣ってきていることもあるので、
これだけで治るとは言い切れないまでも、
食中毒に罹れば抗生物質と水分摂取と信じられている現代医学に疑問を感じるような事実です。
 

この石塚左玄の説は、
"胃酸のpH"と考えられています。

胃酸というのは、
"酸"がつくほどなのですから
酸性でpHが低く、
強力な殺菌作用があると考えられます。
 

コレラ菌のみならず、
食物についた雑菌は、
まずは胃酸のpHによって殺菌された後に、
消化吸収されていくようにできている。

にもかかわらず、
食前に湯茶を飲むことで、
わざわざこの胃酸を薄めてしまい、
pH値を中性に近づけてしまう。

結果、殺菌力がなくなってしまうということなのです。
 

湯茶を飲んでから食事を始めて、
食中毒にかかってしまい、
抗生物質のお世話になりながら、
またさらに水分ばかり摂取されるのか、

食前の湯茶を控えめにして、
何事もなく生活していくか、
最後は自分の判断ですね。
 

行楽シーズン、

出先で食事をする機会もあることでしょう。
 

喉が渇いているからと言っても、
がぶ飲みは控えるようにしましょう。

とくに食事の前には、
やや控えめにしておいて、
食事が終わってからゆっくりと楽しむ。
 

そう心掛けておくことで防げるリスクもあるのです。
 

当院にも、例年この時期になると、
下痢や嘔吐などの食中毒様の症状で来院される人がおられます。
 

"下痢止めの名灸"をさせていただくとともに、
上記のようなお話もさせてもらっています。
 

そして、施術後は、
少しの間だけは水分を控えて、
下痢は出し切ってしまうこと。

灸をした後にまだ下痢が続くときは、
それは、身体は出したがっているからです。

 
名灸と、水分制限。
 
これら2つの相乗効果です。
 

飲食の制限をしたくなければ、
どうぞ病院で下痢止めと抗生剤を投与してもらってください。


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